広島旅行レポート

1999.12.05新規

1999.7.23
寒川0:08→茅ヶ崎0:16
茅ヶ崎0:21→小田原0:42 ライナー13号
小田原1:10→大垣6:41 大垣行き
小田原1:06→大垣6:51 ムーンライトながら(04)
大垣7:02→米原7:39 網干行き
米原8:19→姫路10:46 新快速姫路行き
姫路1104→相生1124 
相生1127→岡山1256
岡山1309→福山1354
福山1355→尾道1415
尾道1544→三原1557
三原1604-竹原1636 
竹原1749-呉1842 
呉1858-広島1945

1999.7.24
広島駅前→八丁堀
紙屋町→的場町
的場町→比治山下
比治山下→的場町
的場町→己斐
西広島1146→広島1153
広島1231→可部1304
可部1306→三段峡1439
三段峡1505→加計1530
加計1546→可部1643
可部1652→広島1736
広島1830→岩国1916
岩国1940→小郡2158
小郡2201→厚狭2235
厚狭2328→三ノ宮603

1999.7.25
三ノ宮605→米原821
米原 823→名古屋932
名古屋1018→鶴舞1025
鶴舞1032→千種1034
千種→星ヶ丘
星ヶ丘→千種
千種1223→金山1228
金山1251→豊橋1336 新快速
豊橋1344→浜松1417 
浜松1420→静岡1529 
静岡1531→清水1537 
清水1611→吉原1637 
吉原1647→沼津1701 
沼津1705→熱海1725 
熱海1730→茅ヶ崎1813
茅ヶ崎1820→寒川1831

1999年7月23日

この時間は駅員がいないこと多いが下りが発車したばかりなので駅員がい
たので寒川にて日付を入れてもらう。
乗るはずの列車は八高線が遅れていて接続を図ったため6分遅れという放送が入った。
待っている人は自分を含めて2人だけだった。
湘南ライナーに乗って小田原で少し並ぶ予定だったので遅れは困った。
電車が来ると帰宅客がどっと降りていった。
ドアはボタンで開閉なため車内は各駅に着いてもドアが開くことがなく静かだった。
ある1人はボタンを押して降りようとしたが駅へ着いて少し間があったので
押してちょっと開いたと思ったらすぐに閉まって発車した。

茅ヶ崎に着いたとき、湘南ライナーの発車時間だったがまだ来ていないようだったので
急いで乗り換え、ギリギリ乗ることができた。
湘南ライナーは1両に10人くらいですいていた。
小田原で下車したがムーンライトながらの乗り場は各ドア数名の列だった。
新聞を敷いて気合いを入れて待っている人もいた。
ベンチでゆっくりしている人も多かった。
9号車は並んでいる人がいなかったのでここに並ぶことにした。
1:01着の電車から乗り換える人もかなりいた。
自分の並んだドアは5人くらいの列になった。

ムーンライトながらはちらほら空席があるようだった。
特に8号車はまとまって空いているところがあった。
乗るなり目の前のセミコンパートメント席が3席空いていた。
中の方が良かったので見渡す。
空いていると思ったら荷物が置いてあったりした。
後ろの方に空いているところがあったのでそこに座った。
荷物が置いてある席がいくつかあったが全て空いていたみたいだった。
この日は小田原から乗った人はほぼ全員座ることができたみたいだった。
沼津で何人か降りていった。隣に座っていた人も降りていった。
並んだ臨時は1ボックスに1人か2人程度だった。
自分は窓側に移動して隣に人がいないのですごく良かった。
豊橋をすぎて何処だか分からないが気が付いたら隣に座ってきた。
これで通勤する人もいるようで通勤客も乗ってきた。
この車両は名古屋で切り離しなので名古屋に着いてから前の車両へ移動した。
1号車はすいていて余裕で座れた。
大垣での乗換も少なめで前の方の車両でも座れた。
今回は野洲で乗り換えるのであまり後ろに乗らないようにした。
米原で半分以上の人が降りていき新快速に乗るために列をつくっていた。
篠原に着いたときに席を立ち野洲での乗換にそなえた。
通勤時間帯なのでかなりの混雑だった。
野洲ではなんとか最後尾の車両に座ることができた。
駅へ着くたび続々と乗車してきた。
京都や大阪ではほとんどの人が降りて、またたくさん乗ってきた。
姫路まではほとんど寝ていた。
姫路から上郡行きに乗り、乗換えて播州赤穂で途中下車する予定を新快速の車内で決めたが、
寝起きでボーっとしてホームを勘違いし、野洲行きに乗ろうとしていた。
野洲はさっき新快速に乗換えた駅だと思い出して乗る予定の電車を探した。
すでに発車時間だった。
この時点で乗る列車の行き先を忘れていた。
乗る予定の電車は発車していた。
発車したあとに上郡行きだったことに気が付いた。

仕方なく次の網干行きに乗ってみた。
網干で降りて駅前を散策する。
目の前に郵便局を発見し財布がさみしかったのでお金を下ろした。
コンビニでテレビ雑誌を見て番組は何があるかチェックした。
この日は金曜で、明日からのものしかなくて駄目だった。

網干から岡山行きに乗った。
ムーンライトながらの接続列車なので思った通り座れる状態ではなかった。
相生で赤穂線に乗り換えた。
予定では1本前に乗り播州赤穂で途中下車するつもりだったが播州赤穂は通過にすることになった。
赤穂線は1ボックス2人程度の混雑で座ることができた。
半分くらいは学生が乗っていた。
赤穂線は海に面して走っていると思ったら所々でしか見えないことが分かった。
日生では少し停車時間があり一旦改札を出た。
この駅は小豆島行きのフェリーが目の前から発車していて小豆島へ行くにはすごく便利な駅だった。
県境付近で検札があった。
先日、山陽線を乗ったときも来たのでこのあたりでは必ず来るようである。
岡山へ行くにつれて車内は混んできた。

岡山では下車して弁当を買おうと思った。
ふつうの弁当を扱っているところを探したが見つからず結局駅弁となった。
ままかり寿司を食べた。
前にも岡山でままかり寿司を買って食べたが何の魚か知らない。
前はデパートの地下食品売り場で弁当を買ったので駅弁の半額で安かった。
徳山行きの快速に乗り徳山から三原行きに乗り尾道で下車。
徳山では向かいのホームで乗換だったけど乗換時間が短くすごく慌ただしかった。
尾道駅はしまなみ海道開通ののぼりがたくさんだった。
駅前は新しくするため工事中だった。
しまなみ海道めぐりをしようと思っていたが予定が組めず今回は尾道だけにした。
ここで下車することはガイドブックを見ながら赤穂線の車内で決めた。
しまなみ海道は全く考慮せずたまたま尾道になった。
なかなか決まらず電車が進むばかりだったので気まぐれな旅の難しさを実感した。
尾道は映画の舞台によく使われているようで映画にまつわる説明があちこちにあった。
細い坂道を縫うようにコースにそって歩いた。
タイル小路まで行き折り返した。
タイル小路はタイルに色々な人がメッセージを書込んであった。
個人の家なのにタイルだらけで住んでいる人は大変そうな気がする。
尾道は向島への渡し船が行き来している。

渡し船は何本もあり、人は100円くらい、自転車が120円くらい、車は130円くらいで
すごく安い。
船が着くと車と自転車が下りてきた。
学生が自転車ごと乗っていった。
道路と同じような使われ方をしていた。
潮の流れが早くてフェリーは斜めに向いていた。

尾道から乗った三原行きは103系通勤電車。
ここでこんな列車に乗るとは思ってもいなかった。
三原から呉線に乗った。
呉線の車内からしまなみ海道の橋がいくつか見られた。
今治側からも開通寸前の来島海峡大橋を見たので
電車に乗りなら半分以上の橋は見たと思う。
呉線は海ギリギリを走っていたので瀬戸内海が良く見えた。
竹原で下車して小京都見物をした。
ここで下車するのは岡山からの快速の車内で決めた。

竹原は市内いたるところにかぐや姫が使われていた。
バスにはかぐや姫の絵。
電話ボックスは竹筒とかぐや姫の人形。
呉を通り広島へ出た。

広島から広電に乗り八丁堀下車。
みっちゃんでお好み焼きを食べた。肉そばたまごを注文。
マヨネーズがそのまま置いてあった。
そばがあるためボリュームがある。
広島風と関西風の区別が分からないまま食べ終わった。
多そうに見えたが何とか食べ終わった。
歩いて紙屋町へ行きそごうの大きなテレビを見た。
ちょうどハイジャック事件のニュースをしていた。
天気予報を見たら明日は大雨らしいことが分かりがっかりする。
もう遅い時間なのでユースはあきらめてカプセルホテルに泊まることにした。
広島で1度泊まったことがあるのでそこを目指した。
電停で2つくらい先なので歩いて行った。
曲がるところを間違えて分からないところへ進んでいた。
ちょうど行こうと思っていたところと別のカプセルホテルがあったのでそこに泊まることにした。
ちょうど1周年記念で1泊2000円だった。
カプセルホテルはカプセルホテルの慣例が色々とあり苦手である。
ロッカーがどこにあるか分からずに探した。
自分の番号のロッカーは違う階にあることを廊下にいた人が教えてくれた。
荷物を全てロッカーへ入れて風呂へ入こうとしたら風呂へは基本的に寝間着に着替えることに
なっているようでシャワーを浴びているとき、係員に注意された。
貴重品はロッカーに入れてあることを伝えると次から気を付けてくださいと言われて
そのままシャワーを浴びた。
ホテルならば当たり前だが、ユースをよく使うのでタオル、歯ブラシなど全てが揃ってることに感動した。

1999年7月24日

6時に起きて違う階へ新聞を読みに行った。
新聞は仮眠室にあり、ここで寝ている人もいた。
席がなくて床で寝ている人もいた。
7時に出発。
カギを預けて靴のロッカーのカギと次回使える割引券を受け取った。
普段は宿泊3000円であることが分かった。
この日サウナで仮眠室利用の場合は1000円だった。
まず、近くのコンビニへ行き地図を見て現在位置を確認した。
ちょっと歩いたら行こうと思っていたカプセルホテルがあった。

平和公園まで歩いた。
朝なので人が少なかった。
平和公園はボランティアで掃除している人たちがいた。
原爆ドームまで行くと団体客がいた。
平和公園内にあるレストハウスは原爆でも残り生存者がいたと記されていた。
原爆ドームは頑丈に補強してあるが今にも崩れそうな感じだった。
爆心地の碑を見て紙屋町へ行った。
ちょうど大きなテレビが開くところだった。

広電に乗り比治山公園へ行った。
途中で乗換えたが乗換え券をもらい1回分の料金で行った。

公園を上ったら市営のマンガ図書館があった。
アニメ雑誌が3つとも並んでいる図書館は初めて見た。
マガジン、サンデー、ジャンプ、りぼん、ながよし、ちゃおなど雑誌もいっぱい。
今までに見た図書館の中では一番のマンガ所蔵数だった。
このマンガは市民だと借りられる。
手塚治のマンガはガラスの中に展示されていた。
シティハンター、空のキャンパス、Drスランプ、あさきゆめみしは中国語版も所蔵されていた。
ドラゴンボールはフランス語版があった。
サンデー、マガジンは1年分が棚に並んでいた。
1日いても飽きないくらいだったが、時間の都合により1時間で退散した。

比治山下から的場町で乗換えて己斐まで行くことにした。
的場町で乗換えカードをもらい下車する。
すぐに来た新型車に乗り込む。
混んでいて座れる状態ではなかった。
車掌が乗っていてカードの販売と両替をしていた。
紙屋町でやっと座ることができた。
紙屋町は信号の手前と先で同じ電停が2つあった。
電光掲示板では東と西で分けられていた。
前に座っている外国人は英語版の広電マップを持っていて
ながめていた。
己斐へ着いて車掌へ乗換えカードを渡し下車した。
広電西広島は目の前にあるがこちらは駅であった。
JRの西広島から広島駅へ戻った。
座れない電車に2駅乗った。

昼食はうどんを食べて可部線へ向かった。

可部線はぎりぎり座れる程度の混雑だった。
可部までロングシートの旅が続いた。
今回は出発当日に買ったまんがを持参していたので読むことにした。
こちらの本屋ではまだ売っていなかったみたいで買っておいてよかったと思った。
可部で気動車に乗換えた。
この列車は座席がほとんど埋まっていて何とか座れる程度だった。
古い気動車だが冷房が付いていた。
無人駅ばかりを進み加計に着いた。
ここまでにかなりの人が下車していった。
停車時間があったため改札を出てジュースを買った。
この先は1組を除いて鉄道ファンみたいだった。
三段峡で下車した人は全員青春18きっぷを使っている人だった。

この列車の折り返しに乗るため時間が26分しかない。
下車してすぐに妹尾の滝を目指すことにした。
駅で地図をもらい歩いた。
すごく近いと思っていたら以外と距離がある。
歩きすぎて通過した思い少し戻って確認したが通過していないみたいだった。
地図は当てにならずさらに歩いたところに妹尾の滝はあった。
同じ列車に乗っていた人は皆もっと手前で折り返しておりここまで来たのは自分だけだった。
時計を確認しながらさっと写真を撮り引き返した。
帰りの途中に天然の水を発見。
飲めると書いてあったので持っていたペットボトルを洗って
水を詰めた。
詰めた水をその場で半分飲んでさらに詰めた。

発車数分前に三段峡駅に着いた。
乗っている人は来るときより多かった。
何とか4人ボックスを占領して座った。

加計に着くまでにはかなりの人になった。
加計で2両編成に乗換えて可部まで行った。
進むにつれて混んできたがほとんどの人は座れたみたいだった。

可部で下車して駅前を撮影。
可部からロングシートになった。
列車の交換のため数分停車する駅がつづいた。
下車するにも半端な停車が続いた。
横川駅へ着くときに山陽線の接続する列車を案内をしていたが
列車は少し遅れていてすでに接続する列車の発車時間だった。
でも山陽線はすぐに来なかったみたいだった。
広島で下車して夕食代わりにお好み焼きを食べた。
今回は別な安い店を選んだ。
この店は8人でいっぱいになる小さな店だった。
昨日と同じで「肉そばたまご」を注文。
やっとお好み焼きを具で注文するのに慣れてきた。
ここは生地が薄くて具やそばがはみ出ていた。
値段は関係無くすごくおいしかった。

広島駅に戻ってお土産を買い18:30の帰路へ着く列車に乗り込んだ。
お土産を買うと荷物になり行動が制限されるのでここで半分旅行が終った
気分だった。
本当はもう少しあとの列車でも間に合うが、テレビを見るために
この列車で出発した。
今まで電車の中で携帯テレビを見ている人は2回だけで、そのうち1回は中学の友達。
テレビのオープニングと同時に列車は発車した。
映りは割といい。

テレビしか見ていないので横に走っている広電や景色は完全に無視。
終点の岩国で下車して岩徳線に乗換えた。
岩徳線はガラガラで数駅進むと1両貸し切りになった。

景色は国道を走る車以外ほとんど見えなかったのでロングシート部分で横になっていた。
気が付くと真上に新幹線が走っていた。
新幹線と国道2号線と山陽道は岩徳線と同じようなルートを通り、山陽線だけ海を通っていた。

小郡まで直通だけど徳山に着いて停車時間があるため一旦下車する。
岩徳線に乗っていた人は全員徳山で降りていった。
降りるときに山陽線に乗る人が不安そうに係員に乗っていいか聞いていた。

下車して駅前を一回りしたらまた乗り込んだ。
いつのまにか増結されて2両だったものが3両になっていた。
さっきと同じ車両に乗り込んだ。
ここからは架線の下をディーゼルが走る区間。
小郡に着き下車するときはホームの方がステップより高かった。
ホームが電車用に合わせてあるため気動車では高すぎた。
気動車でホームとステップが同じ高さの駅は電車のドアは1段上になり、
どちらも1段は上ることになる。
電車も気動車も床の高さは同じであることは地元の線が電化になるまで知らなかった。

小倉から乗った電車はJR九州の電車。
広島へ来たはずなのに九州の車両でなんだか変な感じ。
厚狭を通過し小月で下車。
ここで下車した理由はコンビニがあるから。
駅は夜間無人で改札には誰もいない。
夜食を買い駅へ戻る。
レシートを見てここが下関市であることが分かる。
下関といったらすぐに九州と思いながら今回の旅行の最西端を折り返す。
小郡行きのホームは階段を渡ると思って一旦階段を渡った。
階段を渡らないホームに1人待っている人がいたので気になり戻って
時刻表を見てホームの確認をした。
時刻表を見ると1番線らしいことが分かりここで待つ。
すぐに電車が来て乗り込んだ。
階段を超えていたら乗り遅れるところだった。

厚狭では時間がなかったが一旦下車した。
目の前に段ボールを持ったグループが待っていて、今夜のムーンライト九州に乗るみたい
だった。
段ボールをみて自由席に乗るのか思っていたら全員指定席だった。

今回は全部自由席で指定券を買っていないため少し不安だった。
ここからムーンライト九州の自由席に乗るのは自分だけだった。

自由席は喫煙禁煙ともに2/3程度の乗車率だった。
1人で2人分占領している人が多くて喫煙席には座れず禁煙席に何とか座った。
斜め前には韓国から来たグループが座っていた。
自由席は韓国の人が多かった。

1999年7月25日

ムーンライト九州を三ノ宮で下車して快速に乗換えた。
ホームページでは三ノ宮で乗換えるように載せているので1度は乗換えてみようと思って乗換えた。
途中で快速を抜いたはずだが全然気が付かなかった。
神戸駅の電光掲示板で快速があるのを確認した。
ムーンライト九州から乗換える人はほとんどいなかった。
下車してすぐに快速が来た。
快速の座席は1/3程度埋まっていた。
大阪でムーンライト九州に追い着いたがむこうが先に発車した。
ムーンライト九州から乗換えてきた人もいた。
新大阪でまた並び快速が先に発車した。
京都の近くで再びムーンライト九州が追い着いてきた。
京都へは2つともほぼ同じに到着。
ムーンライト九州から走って乗換えてくる人が見えた。
何人か乗れたみたいだった。
乗れても座れない人がいた。
米原で目の前の列車に乗換えて名古屋へ向かった。

名古屋で下車してパンとたまご食べ放題の喫茶店へ行った。
モーニングサービスはドリンクを頼むとパンとたまご食べ放題になるシステム。
この喫茶店のホームページがあることは帰ってから知った。
相席になった人はうるさい人ですぐ店員を呼んでは寒いとか水くれとか
灰皿を取り替えろとか言っていた。
競馬新聞を見てかなり長居しているみたいだった。
アイスコーヒーを注文してパンを取りに行く。
パンはちょうど菓子パンが多かった。
何種類もあり順番に出るみたいだった。
目の前のおやじはサンドウィッチをたくさんかかえていた。
サンドウィッチが食べたくなり出てくるのを待った。
15分くらいして登場した。
すぐに取りに行って欲しい分確保できた。
サンドウィッチは1分しないで品切れになった。
サンドウィッチを食べて終わりにした。
目の前のおやじはまだいた。
コーヒーは350円だった。(確か)
ここはケーキの店のようで、ケーキセットの広告を受け取った。
たいていの店はもう2度と来ないと予感するが、ここは2回目なので
また来るような気がする。

中央線に乗って鶴舞で下車。
星ケ丘へ行く地下鉄東山線はここではなくて1つ先の千種であることが分かり、
すぐ戻って次の列車で千種へ行った。
千種から星ケ丘まで230円。
ユリカが使えると書いてあった。
使う気は全くなかったがここでナデシコのユリカが使えるんだと思いながら
きっぷを買った。
星ケ丘着。外へ出ないまま三越へ行った。
初めて三越で買い物をした。買ったものはさくらのうちわ。
うちわだけなのに頼んで紙袋をもらいお土産を全て紙袋に移した。
紙袋はおみやげ屋でもらった袋より持ちやすかった。
手元にあるマンガに使われている原画が展示されていた。
原画を見るのは今回が初めて。
さくらの原画に感動して三越をあとにした。

地下鉄で千種へ行き中央線は金山で乗換えた。
金山で冷やしきしめんを食べて東海道線に乗り込んだ。
乗った新快速は混んでいて座れなかった。
後ろの車両へ移動し何とか座ることができた。
豊橋からの電車は座れなかった。
浜松からの電車も座れなかった。
静岡からの電車も座れなかった。
ちびまる子ちゃんのふるさとである清水で下車することにした。
清水港線が廃止になってから降りたのは初めてだった。
清水港線は跡形もなかった。
駅の階段はその時のままだった。
当時の記憶で残っていたのはこれだけだった。
短い時間の間に本屋へ行ったり商店街を歩いたりしてきた。
電車に乗って何となく岳南鉄道が気になって吉原で下車した。
下車したが岳南鉄道がどこにもない。
まだ来る時間ではなかったみたい。
改札を出るがめぼしいものが見つからなかったので
次の電車に乗ることにした。
ホームへ行くとはるか先に電車が止まっていた。
ホームの先端まで行って岳南鉄道の車両を撮影した。
もう少しで電車が来るが、3両編成ということですごく長いホームの
前の方しか電車が止まらないらしい。
このホームは15両でも止まれる長さだと思う。
急いでホームを移動した。
何とか乗ったが座れない。
結局沼津まで座れなかった。
沼津からは東京行きに乗り換えた。
東京行きという表示を見るだけでもう帰ってきた気がした。
すごく長い編成だけど割と混んでいて後ろの方の車両でやっと座れた。
熱海に着いて乗り換え。
ゆっくり後ろの車両に乗っていたけど乗り換えることを忘れて後ろの車両に乗ってしまった。
乗り換え時間は5分。
ほとんどの人が快速に乗り換えていた。
自分も何とか乗り込んだ。
ロングシートの車両は先頭の方へ行きやっと座ることができた。
熱海駅の数分間で数百メートル歩いたことになる。
気が付くともう茅ヶ崎で慌てて乗り換えた。
旅行最後の相模線は座れなかった。
三越で紙袋をもらったおかげで無事みやげを持ってかえることができた。

おわり



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